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はじめに
WHOによれば、健康とは病気でないだけでなく、身体的、精神的、社会的、そして品格を伴う良好な状態のことであるとされます。「足」は健康のバロメーターと言います。人の活動は歩くことから始まるからでしょう。その意味で、不健康は「足」にあらわれます。「足」の病気はさまざまです。骨や筋肉の問題、神経の問題、皮膚の問題、その根本にある生活習慣の問題、そして意欲の問題です。
これまで診療科の狭間に取り残されてきた領域に、食事を摂れない(摂食障害)あるいは脳血管障害による認知症の問題があります。これらは血管の病気の回復にも悪影響を与えます。当院では整形外科、脳外科、内科、リハビリの協力の上に、患者さまが意欲を取り戻し健康を取り戻すことを目標に治療を行っています。
動脈の病気
患者数が多い動脈が詰まる病気(閉塞性動脈硬化症)について述べます。
閉塞性動脈硬化症
どんな病気か
年齢とともに動脈が硬くなり血液の流れも細くなります(動脈硬化)。病気が進むと、血液の流れが滞り、筋肉に十分な酸素を送れません。酸素不足のため足の色が紫色ないし白色になり、冷たさ、だるさ、痛みがあらわれて歩けなくなります。さらに進むと足のゆびや足が機能停止(筋肉・皮膚の死)になります。
どうなるのか
喫煙や不健康な生活習慣生活習慣(生活習慣病としての糖尿病、高血圧、高脂血症)は病気を悪化させ、最悪の場合に下肢を切断することになります。高齢者になるほど、下肢切断後の義足歩行が困難となり予後不良です。
診察のはじまり
- お話を聞きます(問診):
「足が冷たい、しびれる」「歩くとふくらはぎに(手で鷲づかみされたような)痛みが出る」「休憩をとると、短時間(数分)で痛みが消える」という特徴的な症状の有無を確認します。 - 見せていただきます(視診):
「足の毛の生え方の左右差」「足の色、爪の色が紫または白色」が参考になります。 - 手で触ります(触診):
血管が浅いところを走る関節周囲で動脈拍動を確認します。 - 物理学的テスト(理学所見):
足を高くして、そして低くして、足の色が白から赤に変わることを確認します。
検査 身体を傷つけない検査(無侵襲検査)が中心です。
- 上腕・足関節血圧比(ABI):
足と腕の血圧比のことです。ABIが0.9の場合には動脈の断面積の約半分しか血液が流れていません。強い症状が出るのは0.6以下で、この場合は動脈が詰まっています。0.3以下になると重症な虚血肢と診断されます。これ以外に、ドップラー聴診検査、超音波検査を適宜組み合わせます。 - 他の検査:
MRI血管造影やCT血管造影があります。無侵襲ですが、薬剤アレルギーや放射線被曝というデメリットがあります。
治療 当院は運動療法と薬物療法が中心です。手術は専門とする医師を紹介します。
- 運動療法:
運動とは歩くことです。効果的なのはABIが0.6~0.9で運動可能な場合です。ABIが0.5~0.3の間の場合でも効果がみられます。運動して筋肉を使うことにより、詰まった動脈周囲の細かい血管の血流が増えて症状が改善します。とはいえ「足」には既に症状がありますから、患者さまは「歩きにくい」「あるきたくない」状況に耐えて歩いていただくことになります。そのため目的達成のためのさまざまな工夫をさせていただきます。運動療法にはもう一つ重要性な点があります。運動中の症状の変化によって自己診断が可能であり、患者さまの自信につながります(自己効力感)。それが運動を続ける意欲をさらに高める効果を生み出すからです。糖尿病の患者さまの場合、糖尿病がうまくコントロールされているほど、この治療はうまくいきます。 - 薬物療法は運動療法を助けるものでしかありません。薬物療法は、血管を拡げる薬と、血栓をできにくくする効果のある薬の一方あるいは両方を使用します。
- ABIが0.3以下の場合、あるいはABIが0.5~0.3の間で運動療法が無効の場合には外科治療(血管内治療、バイパス手術)が必要です。ただし、日常生活をおくる上で不可欠な基本行動(日常生活動作)の改善を期待できることが条件となります。言い換えると、手術がうまくいったとしても全く歩けない患者さまには適応がありません。手術適応がある場合には、責任をもって症状に合った施設にご紹介します。
動脈の病気を窓口にして見えること
血管は全身を巡っています。「足」に症状が出たということは、自分では症状に気づかないうちに他の臓器(心臓や脳の血管)にも異常が出ている可能性があります。その早期発見につながる窓口です。また、運動療法は閉塞性動脈硬化症の背景にある生活習慣病の一つ糖尿病に対する運動療法につながるものです。動脈の病気は健康維持への再認識への窓口と言えるのではないでしょうか。
静脈の病気
下肢静脈瘤、深部静脈血栓症・肺塞栓症について述べます
下肢静脈瘤
どんな病気か
加齢と立ち仕事によって生じます。静脈には血液を上向きに流すための弁があります。この弁が壊れて逆流が起こると静脈瘤になります。足は心臓から最も遠く下の方にありますから、心臓から足までの高さに応じた静脈圧が壁にかかることになります。静脈の壁は動脈に比べて薄く弱いため、静脈圧の高まりに抗すことができずに静脈が瘤状に膨らみます。お腹に力を入れて気張る、立ち仕事が長く続くなどによって起こります。妊娠経験のある女性や立ち仕事の人に多いのはそのためです。静脈瘤は成人のおよそ半数に見られます。
どうなるのか
静脈が膨らむと、膨らんだことによる刺激で痛みが生じます。また、これが長く続くと、血液成分が血管から周囲の組織に漏れます。血液細胞と血液蛋白の相乗作用によって炎症が広がります。そのため、赤く、固く、痛くなり、むくみが生じます。年余に亘って続くとどす黒い色が目立ち、なかなか治らない潰瘍ができることもあります。
診察のはじまり
- お話を聞きます(問診):
「足がだるさやむくみが続く」「足の静脈がふくれてきた」「こむらかえりが続く」「足に湿疹がある、潰瘍がある」という症状が特徴的です。 - 見せていただきます(視診):
「足の静脈瘤の大きさや形」「湿疹や潰瘍の有無」が参考になります。 - 手で触ります(触診):
静脈瘤の硬さや潰瘍・湿疹の位置。 - 物理学的テスト(理学所見):
足を高くすると消えて、降ろすとあらわることを確認します。
検査 身体を傷つけない検査(無侵襲検査)です。
- ドップラー聴診検査:
超音波を使って血液の流れをとらえます。静脈が逆流する速度や逆流が特に強い部位を知ることができます。 - 超音波検査:
後に述べる深部静脈血栓症を除外するために用います。
治療 当院は保存療法が中心です。手術は専門とする医師を紹介します。
- 静脈瘤があっても無症状のものは治療を要しません。
- 症状が軽く立ち仕事を行ってない患者さまの場合は日常生活上の指導と、場合により外出時の弾力ストッキング着用を勧めます。
- 立ち仕事を続けられる患者さまで症状がある場合、重症の場合には手術を勧めます。手術適応がある場合には、責任をもって症状に合った施設にご紹介します。
下肢静脈瘤の病気を窓口にみえるもの
下肢静脈瘤から深部静脈血栓症になることはありません。下肢静脈瘤は成人の半数に見られ、それだけ不安になる人が多い病気です。一般的に言えば下肢静脈瘤の症状が軽ければ心配ありません。
深部静脈血栓症
どんな病気か
静脈は壁が薄く柔らかなものです。深部静脈は筋肉の間を走ります。そのため運動時には下肢の筋肉収縮の影響を強く受け、一瞬ですが動脈を上回る血圧が生じます。静脈には血液が固まらない仕組みがあります(抗凝固機能)。加齢あるいは長時間歩けない状況はこの機能が低下させます(欧米の生活様式である座位は、身体の上半分が楽であるがゆえに、知らず知らずのうちに「足」に血液が滞る状況が長くなりがちです)。長時間血液が滞ると静脈の壁に血液の塊(血栓)ができ、時間経過とともに大きくなります。そのような状況の人が歩こうとして立ち上がるとき、筋肉収縮による静脈血圧の上昇によって血栓が押し出されます。その血栓は血液に乗って心臓を通り越して肺の動脈に詰まります(肺塞栓症)
どうなるのか
血栓が大きくなると、静脈の壁が引き延ばされることによる痛み刺激、そして血栓から出る刺激物質による痛み刺激によって、血栓に沿った痛みがあらわれます。また、静脈が詰まるので、その静脈の上流にある筋肉が腫れて、この場合も筋肉に痛みが生じます。大きくなった血栓が飛んだ場合に肺塞栓症の症状があらわれ、繰り返す毎に死亡する危険性が高まります。深部静脈血栓症の素因にはさまざまなものがあります。若年で発症する場合や繰り返し発症する場合には先天性の原因(素因)が疑われます。また病気に悩む期間が長くなると静脈の弁が壊れて、結果的に静脈瘤の症状が出てきます(下肢静脈瘤と区別して二次性の静脈瘤と呼ばれます)。さまざまな病気で入退院を繰り返している患者さんでは、症状が無くても、深部静脈血栓症が既にある可能性が高くなります。
診察のはじまり
- お話を聞きます(問診):
「いつからのどのような症状で、何が困るのか」「入院歴」をお聞きします。 - 見せていただきます(視診):
「足の腫れの左右差(両側同時に同程度に血栓ができることは稀です)」「痛みの場所と程度」。 - 手で触ります(触診):
深部静脈に沿って押すと痛みがあること(圧痛)を確認します。 - 物理学的テスト(理学所見):
ふくらはぎを左右から押したときよりも、前後に押した時の方が痛みが強いこと、足首を強く曲げた時に痛みが増加することを確認させていただきます(ホーマンズ徴候)
検査 身体を傷つけない検査(無侵襲検査)です。
超音波検査が基本です。時にCT、あるいはCT血管造影を併用します。
治療 当院は薬物療法が中心です。重篤な肺塞栓症は専門とする医師を紹介します。
新しく大きな血栓では治療を急ぎます。血液をさらさらにするお薬を使います。さまざまな薬がありますが、いずれも出血を招きやすくなることに変わりはありません。最低3カ月、概ね6カ月の内服治療が目標です。
深部静脈血栓症の病気を窓口にみえるもの
深部静脈血栓症を繰り返す場合、若年発症の場合、薬が効きにくい場合には、生まれながら血液が固まりやすい素因があること(先天性凝固異常症)を疑いますので、担当医師にお知らせください。現代において、これは確かに困ったものですが、大昔は怪我による出血を防ぐ効能があり生き延びることができるという利点がありました。先天性の素因は、ヒトが生き延びるために古くから備わっている多様性の一つです。ですから、何も気にすることはありません。何しろ、今後も何があるかわからないのですから。
リンパの病気
どんな病気か
リンパ管は血液の中の透明な蛋白成分と白血球が心臓に向かって流れるための通り道です。リンパ管が詰まることによって起こります。原因として癌によるもの、癌の治療によるもの、原因不明のものがあります。治りにくい病気です。
どうなるのか
リンパ管が詰まることによって、皮下組織にリンパ液が溜まります。それに加えて炎症が起こって赤く腫れます。初めの症状はむくみで、悪化すると腫れと痛み(炎症)が加わります(蜂窩織炎)。
診察のはじまり
- お話を聞きます(問診):
「いつからのどのような症状で、何が困るのか」「手術歴、これまで患った病気」をお聞きします。 - 見せていただきます(視診):
「皮膚の状態」「足の腫れと痛みと紅さの左右差」「痛みの場所と程度」。 - 手で触ります(触診):
質感(皮下の腫れか筋肉の腫れか)を確認します。 - 物理学的テスト(理学所見):
皮膚を圧迫して、その凹み具合と元にもどるかどうかを診ます。
検査 身体を傷つけない検査(無侵襲検査)です。
皮下組織に敷石状の変化があることを確認します。同時に、深部静脈血栓症が隠れていないかを確認します。
治療
リンパマッサージ等の対症療法があります。蜂窩織炎では抗生物質の投与が必要です。治りにくい病気であり、患者さまは病気とつきあってゆくことになります。
リンパの病気を窓口にしてみえるもの
患者さまは自己管理を求められます。健康を追究するだけでは報いられることがない病気と言えます。日本には古くから「養生」という言葉があります。特にこの病気では病気とつきあうことが求められます。その意味で、健康よりもさらに自律的で能動的な意味をもつ「養生」という言葉の方が相応しいのではないでしょうか。
担当医師
医師 川﨑 富夫 [プロフィール]
- 1989年
- 大阪大学手術部・心臓血管外科外来医長として血管外科を専攻
- 2013年
- 医療法人厚生医学会 厚生会第一病院勤務
専門医(取得年)
日本外科学会:認定医(2000) 専門医(2002) 指導医(2004)、日本心臓血管外科学会:専門医(2004)、日本消化器外科学会:認定医(1990) 指導医(2005)、日本脈管学会:専門医(2010)
学会
日本血管外科学会評議員(2000)、日本脈管学会評議員(1997)、日本静脈学会評議員(2005)、日本血栓止血学会評議員(1991)
趣味
旅行、古書閲覧